コンテントヘッダー

カストロ 2




ブラジルは今・・・乾期の冬・・・朝夕は寒いぐらいで、日中は過ごしやすい



DSC03313 - コピー

皆さんで植えられた桜が 咲いていました



鞄一つでブラジルに渡った一世の方 (神戸から船で 50日程かかったそうです)
家族とともに 子供の頃渡られた方
ブラジルで生まれた二世の方
皆さんの絆は固いものがあります








R0014544 - コピー

この並木道は お二人の貢献によるものだそうです

大きく成長した木を見ることができ、喜ばれていました





DSC03314.jpg

ブラジル移民




コチア村

1913年(大正2)、サンパウロ市で大工などをしていた独身青年たちとグアタパラ耕地を出てきた家族者たちが、サンパウロ市近郊(同市の南西27km)の教会が所有するモイーニョ・ベーリョの土地を借り、農業を始め、日本人集団地が形成された(コチア村と呼ばれた)。この地方では従来焼いた畑を耕さず、肥料も使わない粗放的な農業が行われていたが、日本人たちは日本式に土地を鋤を使って耕し整地し、金肥(当初は家畜の臓物肥料、1923年頃から化学肥料)を使いはじめ、サンパウロ市へバタタ(じゃがいも)を大量出荷し、経済的に大成功をおさめた。この集団地でも後年、コチア産業組合が結成され、戦中・戦後に発展し、南米一の規模を誇る農業組合に成長した。






DSC03315.jpg

昼食 ・・・  ブラジルでは 全てバイキング形式でした


フェイジャン(feijão)と呼ばれる豆は毎日食べられ、色々な形や色、大きさの物がある。黒豆(feijão preto)をブラジル人の最も愛する豆と考える人もいる。市場では、黒豆だけでなく、赤、白、茶、そしてピンク色の豆を売っている。





今回の旅は ブラジル南東部


エスピリトサント、サンパウロ、ミナスジェライス、リオデジャネイロの各州は南東部(英語版)と定義される。またこの地域はブラジルの工業地帯の中心であり、ブラジル料理といわれて思いつく、有名な料理の発祥地でもある。

ミナスジェライス州では、トウモロコシ、豚肉、豆類、そして地元で作られる柔らかいチーズが主な食材である。リオとサンパウロでは、バイーア州の郷土料理であり、豆と肉を煮込んで作るフェイジョアーダ・コンプレッタが有名、アロス・イ・フェイジャン(米と豆の料理)も良く食べられている。伝統的に使われる豆は地域ごとに違いがあり、リオでは黒豆、赤豆と白豆がサンパウロで、そしてミナスジェライスでは、黒豆か赤豆が食べられている。






DSC03326.jpg

好きな部分を 自分で切り取って食べます

シラスカリア (シュラスコ) ・・・  こんな風に食べさせてくれるところは少なくなったとのこと








今日は広島原爆の日 ・・・  平和を願い灯篭流しも行われました。
続く雨・・・三篠川も残すところ50センチ位に水かさが増し、茶色く濁ってました。











ブログランキングに参加しています。
応援クリック お願いします。
  ↓       ↓ 
広島ブログ
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
コンテントヘッダー

コメントの投稿

非公開コメント

このページのトップへ
このページのトップへ
プロフィール

苺ばばろあ

Author:苺ばばろあ
自然がいっぱい
動物たちもいっぱい
広島市の端っこ
白木町から
こんにちわ~!!!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR